量子測定理論の数学的基礎理論として生まれ,最近では認知心理学にも応用される量子インストルメント理論の展開を俯瞰する.量子測定理論は,von Neumann (1932) によって「反復可能性仮説」にもとづいて導入された.Heisenberg (1927) は,それを誤差のある測定に拡張した「近似的反復可能性仮説」のもとで同時測定の誤差に関する不確定性関係を導いた.Lüders (1951) は「反復可能性仮説」を強めた「射影仮説」を提案して,離散的オブザーブルの測定に伴う「波束の収縮」による状態変化を一意的に定めた.Nakamura-Umegaki (1962) は,「射影仮説」を連続的オブザーバブルの測定に拡張するために,「波束の収縮」による状態変化を「Umegaki の条件付き期待値」で記述するよう提唱したが,Arveson (1967) によってその存在は否定された.1970年にDavies-Lewisは「反復可能性仮説」を廃棄することを提案し,一般の測定は,状態空間上のアフィン変換値測度である「インストルメント」によって記述されると提唱した.Yuen (1986) は,物理的に実現可能な量子測定を数学的に特徴付ける問題を提案し,「インストルメント」は一般的すぎると予言した.Ozawa (1984) は,「完全正値(量子)インストルメント」と「物理的実現可能な一般の測定過程」を数学的に定義して,それらの同等性を証明して,Yuenの問題を解決した.また,Ozawa (2003)は,このような量子測定理論の一般的な枠組みにおける普遍的原理としてHeisenberg の不確定性原理を再定式化し,同時測定の誤差および誤差と擾乱に関する不確定性関係を導いた.認知心理学の分野では,世論調査において二つの質問の順序を変えると,その回答の統計が変化する「質問順序効果」が知られていたが,Wang-Busemeyer (2013) は「射影測定」のモデルで質問順序効果を再現するモデルを構成して注目を集めた.Khrennikov et at. (2014)は,世論調査において同じ質問を繰り返すと同じ回答をするという「回答再現効果」が成り立つべきだが,Wang-Busemeyer のモデルは,「回答再現効果」を満たさないことを指摘し,量子モデルで,「質問順序効果」と「回答再現効果」を両立させるモデルが可能かという問題を提起した.Ozawa-Khrennikov (2019) は「量子インストルメント」を用いたモデルで,両者を両立させるモデルが可能であることを示した.