セミナーの際のお約束.

以下に書くことは私のセミナーを取る人に対して守ってもらいたいお約束です. 誤解を避ける書き方をするということと, 書いていることを意識するということのために 以下のお約束を守ってセミナーに臨んでで下さい. このルールは, セミナーを担当し何回か経験したよくあるつまずきを防ぐためのものです. あくまで私のセミナーのための物であり, 他の人がなんと思うかはわかりません.

"クレヨンしんちゃん"の"ママとのお約束条項" よろしく, 何かあれば書き足すという事にしますので, まとまっておらず読みにくいかもしれません.

必ず守ってもらいたいお約束

以下のことは, 必ず守って下さい.

黙々と板書をすることは禁止します.

黙々と板書をするというのはやめて下さい. きちんと説明をしながら書いて下さい.

数式を音読せよと言っているわけではありません.

「{x|f(x)=0}」を 「中括弧 エックス 縦棒 エフ エックス イコールス ゼロ 中括弧とじ」 みたいに読む必要はありません. これは, 例えば「f(x)=0を満たすxを集めた集合」と読めば通じます.

「f(x)>0」も, 例えば「f(x)は0より大きい」と読めば通じます. つまり, 数式を読むというのは, その数式の内容を伝えるということです.

数式は絵ではありません. 数式の内容を意識して下さい.

すべてを書いてから, まとめて説明するということも禁止します. また, セミナーが始まる前に予め板書をしておくということも禁止します. 書いていく過程もしくは手順というのは, その数式を理解するために必要な多くの情報を持っています. 予め書いてしまうとその情報を捨てることになり, 聞いている方は理解するのに通常より時間がかかります. 説明をせずに黙々と書かれているときは, その書いている様子は見ることができますが, 何を書いているのか/何を書こうとしているのか などといった情報がわからないままその様子を見ることになるので, 結局重要な情報を拾うことができない可能性が高くなります. 説明をしながら書くということを心がけてください. もしセミナー最中の突発的な議論でまとまっていない場合は, 一度中断し自分の計算用紙で試行錯誤してから再開するという 手段もあります.

セミナーでは自筆のノートを使用すること.

セミナでの発表の際には, 自筆のノートを見ながら発表してもらいます. 教科書を見ながらの発表や ノートに教科書のコピーを貼り付けるなどということは 認めません.

必要に応じて中断しメモを取ること.

セミナーなどで誤りなどが指摘されることがあります. 修正された点やその場で議論をしたことについては, 適宜セミナーを中断しノートにメモを取ってください. メモを取るための中断は積極的に行ってよく, 中断時間が長引いても構いません. 後日卒論や修論としてまとめる際に必要となることも あるのでちゃんとその場で後日でもわかるように メモを残すことが重要です.

板書を写真にとって残すという方法もないわけではありませんが, 議論をしている際には色んな場所に飛び飛びに情報が書かれることがあります. そのような板書は後日見返しても何が書いてあるのかわからないということが あります. ちゃんと議論を整理してその場でメモを残すほうがよく, 写真に収める場合でも必ず直後に自分で清書したメモを残しましょう.

セミナーで使ったノートはちゃんと整理して見返せるように取っておくこと.

修論や卒論で使いますので, 見返せるように, ちゃんと取っておいてください.

聞いている人は積極的に質問をすること.

他の人のセミナーを聞いていて, 定義がわからない, 使っている定理がわからない, 議論の論旨がわからない など何か質問があれば, その時点で発表者に質問をしてください. セミナーは "教員と発表者のもの" ではなく "(全ての)聞いている人と発表者のもの" です. わからないことがあれば, 発表を止めて発表者に質問をしてください.

質問をされ沈黙することは禁止します.

セミナー中に質問をされた際, 即答できる場合は即答すればよいのですが, 即答できない場合もあると思います. その場合に何も言わず沈黙したり考え込んだりすることを禁止します. わからない場合にはわからないと答えればよいですし, 考える必要がある場合には, その旨を言ってから考えて始めてください. 沈黙の時間が続くと, 聞いている方は何が起こったのかわからず, 非常につらいです.

質問をされたら会話のターンは質問された人に移っています. 質問された人がターンを保持したまま沈黙すると, 質問した人は何もすることができません. ターンを質問した人に移してください. それは質問をされた人の責任です.

最初の半年は少なくとも守ってもらいたいお約束

以下のことは, なれるまでの間は守って下さい.

なるべく記号をつかうこと.

教科書をただ音読し丸写しするということを避けるためにも, 最低限次のような書き換えを行なった上で, 板書の量を減らしましょう. 書き換えるためには, それなりに文を理解する必要がありますので, 単に流し読むことを避けるために 「なるべく記号を使う」というお約束を定めます. 特に次に注意して下さい:

前から順番に読んでいけば分かるように書くこと

板書は前から順番に読んでいけば分かるように書きましょう. 定義されていない記号をいきなり使ってはいけません. 必要な記号を準備した上で, 主張を述べましょう. テキストによっては, そのように書かれていない場合もありますので, 準備の際にきちんと書きなおして下さい.

定義は定型の書き方を使うこと.

何かを定義するときには次の2つのパターンがあります.

例えば, 有限集合の定義「集合Aの濃度が有限であるとき, Aは有限集合であるという」は 前者です. 冪集合の定義「集合Aに対し, Aの部分集合全体からなる集合をP(A)とおき, 冪集合と呼ぶ.」は後者です.

前者の場合は, 次のように同値の矢印を使って書き表すことができます.

Aを集合とする.
Aが有限集合である.
⇔ Aの濃度が有限である.

この場合 同値の矢印⇔ の両側に来るものは "命題" つまり文であることに注意して下さい. "名詞"が来ることはありません.

定義されるものを先に書き, 同値の矢印⇔ を書き, それに続いて 条件をかくという順番になります.

次に前者の場合について説明します. 後者の場合は, 次のように, まず記号を定義し呼び名を定義するようにします.

集合Aに対し, P(A)を
P(A)={X|X ⊂ A}
で定義する.
P(A)をAの冪集合と呼ぶ.

=は, モノ=モノとなるはずですので, 両辺は名詞であるべきです. 文(命題)は来ないことに注意して下さい.

記号を定義し呼び名をつけるものに似たものの中に, 記号は定義しないがものに名前をつけるという場合があります. この場合は, 一時的な記号を使い記号を定義した後で呼び名を定義します. 例えば 「集合Aに対し, Aの部分集合全体からなる集合を冪集合と呼ぶ.」 という場合は次の様にします.

Aを集合とし,
P={X|X ⊂ A} とする.
PをAの冪集合と呼ぶ.

(「〜とする」という言い回しは, 一時的にそう定義するという印象を与えますので, もし定義をしてしまった以降も使いたい記号なのであれば, 先ほどのように「(記号)を(等式)で定義する」と明示的に書くべきです.)

定義はこの2つのパターン で書き表せることがほとんどです. このいずれかの方法( ⇔ を使う, =を使う のどちらか) で板書をして下さい. 一見このパターンで書きにくい定義があるかもしれませんが, その場合も大抵の場合, 必要に応じて記号(変数)を置くことで書きやすくなります. 必要に応じて記号(変数)を使うなどしてください.

「(対象)が(概念)であるとは, (条件)のときにいう.」は禁止します.

この文型は日本語が複雑です. 特に, 条件が主語のと述語の間に挟まれており (条件)が長くなった時に, 何を定義しているかが意識しにくいです. さらに, (条件)の主語が(対象)であるときには, (条件)を記述する際に主語を省くことがありますが, これは何に対する条件なのか分からなくなってしまう可能生を産みます. この文型は, 前述の文型に落としこむことができますので, そちらでまとめる様にしましょう.

この言い回しは, 数学での術語としては使われますが, 日常使う日本語としては不自然に思えます. 普段使わない言葉は思考を停止させますので, (慣れないうちは)禁止します.

体言止め, 形容動詞の語幹用法は禁止します.

「Aは一時独立である.」というべきことを「Aは一時独立.」と書くことがありますが, このように「である」という言葉を省略してはいけないことにします. 命題 (条件) は文であり, 名詞ではないはずです. 例えば, 同値の矢印で結ばれるべきものは, 同値な命題であり, 名詞ではありません. また, 等号で結ばれるべきものは, 名詞であり, 命題ではありません. 書いているものが, 命題なのか名詞なのかを, 意識するために, 体言止めのような`一見名詞に見える文'を禁止します.

また, 命題は文ですので, 主語があるはずです. 主語を省略しないように注意し, 主語を意識して下さい.

板書の際に文末まできちんと書くのは, まどろっこしいですが, なれるまではきちんと書いてください.

根拠を表す⇒は禁止します.

「AならばB.」 ということと 「AであるのでB.」 というのには, 差があります. 「AならばB.」というのは, 「Aが成り立っているかどうかはわからないが, Aが成り立っているときにはB」ということです. 「AであるのでB.」というのは 「Aが成り立っており, よってBが成り立っている」ということです. 通常は, 前者に対し ⇒ を使います. 後者については, ∴ を使うということにします.

時々, 「それまでの議論から Aが成り立っていることがわかる. Aが成り立っているのでBが成り立っていることがわかる」 という状況のときに, 「(それまでの議論) ∴ A. ⇒ B. 」 と書くことがあります. 発表の際は口頭による説明があるので理解できますが, 例えば, 後で見返した時に, 「それまでの議論から, 『AならばB』という命題が成り立っていることが分かる.」 という風に誤読をする可能性があります. 発表の準備の時にわかっていたつもりでも, 発表の際にそういう誤読をする可能性も ありますので, その様な書き方はさけ, 「(それまでの議論) ∴ A. ∴ B. 」 の様に書きます.

文末には必ず「.」を打つこと.

文末には必ずピリオド「.」を打って下さい. (句読点は「。、」ではなく「. , 」を使うことにします.)

「f(x)=0となるxは,〜」というのと 「f(x)=0となる. xは, 〜」というのでは意味が違います. 前者は, 「f(x)=0ならば, xは〜」という意味ですが, 後者は, 「xはf(x)=0を満たしており, さらに, xは〜」という意味だと思います. ピリオドのあるなしで文の意味が変わることもあるので, ちゃんとうちましょう.

また, 文末を意識せず, 接続詞をつかい, だらだらと書いていくと, 慣れないうちは, 「〜なので, 〜だから, ~であり, よって〜.」 みたいな文を書きがちです. 理由が長くなると一体どこにかかっているのわからなくなり, 不明瞭になります. 書いている文の論理的つながりを意識するために 必ず文末にピリオドをうちます.

理由が続く文は複数の解釈が可能になり誤読を生む可能性があるので 避けましょう. たとえば, 「Aより, Bであり, Cであるので, D.」 という文があった時に, 複数の解釈が可能です. 「Aが成り立っているのでBである. Bが成り立っているのでCである. Cが成り立っているのでDである」 「Aが成り立っているのでBである. Aが成り立っているのでCが成り立っている. BとCが成り立っているのでDである」 「Aが成り立っているのでBである. それとは別に, Cが成り立っている. BとCが成り立っているのでDである」 これらは異なります. (「Aが成り立っているのでBである. Aが成り立っているのでCが成り立っている. BとCが成り立っているのでDである」は 「 Aが成り立っているのでCが成り立っている. Aが成り立っているのでBである. BとCが成り立っているのでDである」とも言い換えられますので, 「Aより, Cであり, Bであるので, D.」と言い換えられます. また, 「Aが成り立っているのでBである. それとは別に, Cが成り立っている. BとCが成り立っているのでDである」 は 「Cが成り立っている. Aが成り立っているのでBである. BとCが成り立っているのでDである」 と言い換えても良いので, 「Cであり, Aより, Bであるので, D.」 とも書き換えられます. 一方「Aより, Bであり, Cであるので, D.」はそのような書き換えはできません.)

「〜という」と「〜と呼ぶ」を使い分けましょう.

定義されるものが, 命題(文)の時にだけ, 「〜という」を使い, 定義されるものが, 呼び名(名詞)の時には, 「〜を〜と呼ぶ」を使いましょう. 例えば, 「ab=1を満たす時, aはbの逆元であるという」 というか, 「ab=1を満たす時, aをbの逆元と呼ぶ」 のいずれかを使いましょう. 「ab=1を満たす時, aをbの逆元という」 は禁止します. 日本語としては, 本来であれば, 「〜を〜という」という言い方も許容されますが, 何が定義されているのかという事に意識を向けるために, 禁止します. 極稀に起こる, 「ab=1を満たす時, bの逆元という」 ような, 何が定義されているのかわからないような言明を 未然に防ぐ目的もあります. また, この使い分けは英語では(本来は)必要になるので, 普段から注意しておくことは悪くないことだと思います.

「〜と呼ぶ」という時には, 必ず「〜を」を入れましょう. 「〜であるという」という時には, 必ず「〜は」を入れましょう. これらを省略すると何が定義されているの不明瞭になり誤解につながる可能性が あります.

複数の条件は箇条書きを用いて書くこと.

複数の条件がある場合は箇条書きにしましょう. 複雑な条件は, その構造を理解するのに時間がかかるので, 瞬時に理解できるよう箇条書きにします. 例えば, 「 ∃ f s.t. P かつ Q」 と書くと, 「 (∃ f s.t. P) かつ Q」 なのか 「 ∃ f s.t. (P かつ Q)」 なのか判断しにくいですが, 次の様に書けばすぐわかります.

前者の場合
後者の場合

通常のカッコとしての{}, []の禁止

カッコが入れ子になっている際に, 内側から順に (), {}, [] を使っていく流儀がありますが, この書き方を禁止します. 通常の意味でのカッコは()だけを使って下さい. 対応は入れ子になっていて, {(})というカッコがあるわけでは無いのですから, 書き分ける必要はありません. また, 入れ子が3重以上になることもあります. さらに, 書き始めた時には何重になるかわからないこともよくあります. {で書いていたけど, 中に2つカッコが入れ子になったから[に書き換える, というような書き換えをしなければならないなら, こんな馬鹿馬鹿しいことはありません. どうしても対応を付けたい時には, 大きさを変えるなどして区別すれば十分です.

{}は主に集合を表す際に使います. このカッコを別の意味で使うと混乱をします. 特に集合の集合や同値類などを考えることは 最初は難しいですが, そこに通常の意味でのカッコとして{}を使っていると 混乱を増幅します. 同様に[]に特別な意味を与えるときもありますので, 通常のカッコの意味で{}や[]を使うことを禁止します.

式変形の粒度は理由を一言で説明できる程度にすること.

式の変形は一言で説明できる程度の変形をしましょう.

発表の際にどこまで詳しく説明すべきかという点について 慣れるまでは戸惑うかもしれません. (慣れないうちは,) 式の変形については, 各等号の間で何を行なったかを一言で説明できる 程度に細かく板書するということを基準にして考えて下さい. 例えば, "先ほどの等式を代入しました"とか, "展開しました"とか, "因数分解しました"とか, その様な一言で説明できる程度の変形ということです.

記号の寿命やスコープを意識するように

例えば"X={1,2,3}とする" というように, (一時的な)記号(変数)を定義することがあります. 記号を定義する時は, その記号がどこまで有効なのかということに気を配り, 記号を使用する時は, 記号がまだ生きているのか考えて下さい. "定義"などと見出しをつけて正式に(恒久的な記号として)定義した記号は 最後まで有効ですが, それ以外の記号は必ずどこかで無効になります. 例えば証明の中で定義した記号は, その証明の中では有効ですが, その証明が終われば無効になります. 無効になった記号を使ってはいけません.

本などは章や節などといったブロックが集まってできており, 例えば次のように, それらが入れ子になっています.

この文章構造のブロックには, 親子関係になっているもの (例えば, "Chapter 1とSection 1.1" とか "Chapter 1とSection 1.2" とか) と, 並列(兄弟の関係)になっているもの (例えば "Section 1.1 とSection 1.2" とか "Def 1.1.1とThm 1.1.2"とか) があります. あるブロックA(例えばChapter 1)の子であるブロックB(例えばSection 1.1)があり, ブロックBの子であるブロックC(例えばThm 1.1.2)と ブロックBと並列なブロックD(例えばSection 1.2) があるという状況を考えましょう. ブロックBで何か記号を定義した時には, ブロックBの中では使うことができます. また, ブロックBの子であるブロックCでも使うことはできます. しかし, ブロックBの親であるブロックAでは使うことはできません. また, ブロックBと並列にあるブロックDでは使うことはできません. この原則を意識して下さい. (この様な, どのブロックからだったら使うことが出来るのかということを, その記号のスコープという呼ぶことがあります.)

証明の中の場合分けも文構造のブロックであることに注意して下さい. Section をまたいで一時的な記号を使い続けようとする人は稀ですが, 場合分けをまたいで一時的な記号を共有しようとする人は時々います. 全ての場合分けの中で共通に使う記号は, どこかの場合分けの中で定義するのではなく, それらの共通の親(やさらにその親..の様な祖先)で定義すべきです. 例えば証明が始まってすぐに, 場合分けがはじまる前に, どの場合分けでも共通に使用する記号を定義すればよいのです. その記号をどこで使うのかという事を見極めて, 適切な場所で定義して下さい.

一時的な記号は定義したブロックの子孫であるブロックからは, 参照することができいますが, 並列なブロックや親ブロックからは参照できません. どうしても参照したい場合は, "証明の中で用いたXは"とか "Theorem 1.1.2のXは" などの様に, どこで使った記号なのかを明記してください.

記号のスコープについてもう少し注意をしておきます. 文章構造のブロックに論理式や数式があります. 集合を{}を使って定義する場合や ⇒ を使った命題を書く場合には, 記号のスコープに気をつけて下さい. たとえば, A={x ∈  Z |x ≡ 10 mod4} という表記があるとしましょう. このとき, 集合の記号の中にあるxという記号は, この集合の記号の|の左側で定義されているものであるので, この集合の記号 というブロックの中でスコープが閉じています. 集合の記号が終わった時点でこのxという記号の寿命は尽きます. 例えば次の行で, このxを直接参照することはできません. もし何か操作をしたいのであれば, 「x ∈ A とする」 などとして, 具体的に元をとってきた上で そのとってきた元に対して操作をするようにして下さい. 例えば 「 x ∈ A ⇒ xは奇数. 」 という命題について考えましょう. それより以前にxを定義していて, そのxついての命題である場合には, 最初に定義された時点でのスコープとして考えればよいです. もしこの命題以前にxが登場していない場合には, この命題の ⇒ の左側でxが定義されていますが, このときのxの寿命ははこの命題の中だけで尽きます. つまりxこの命題の中でしか使えません.

量化子を使った時の記号の寿命に関する注意は量化子に関する注意の中にある.

証明に仮定をきちんと書きましょう.

証明で使う記号や仮定が示したい命題と同じ時には省略するという 流儀もありますが, 慣れるまでは, 証明で使う記号や仮定が示したい命題と同じであっても, かならず書くこととします. 冗長ですが, 証明の最中に使っている記号の意味が分からなくなるという事故を防ぐために, 必ず証明の中で定義するといいうことにします. (このルールは記号のスコープの話とも関係します.)

たとえば, 「G:アーベル群, HはGの部分群 ⇒ HはGの正規部分群 」 という命題の証明を書く際に いきなり, 「g ∈ Gとする...」 などと書き始めるのではなく, 冗長ですが, 「Gはアーベル群であるとする..」 のように記号を定義するところから始めるということです. この命題を証明する際に, Aをアーベル群とし, NをAの部分群とした上で, NがAの正規部分群であることを示しても良いわけです. 定理の主張で使われている記号そのものを使わなければいけない必然性はないわけですから, 証明で使う記号や仮定は証明の中で定義しなければいけません.

例えば, 対偶を示す場合(つまり背理法を使う場合)などにおいては, 何が仮定されているかが定理の主張とは変わります. 証明の最中で無用に混乱をするという事故を防ぐために, 常に証明で使う記号や仮定は証明の中で定義しなければいけませんということにします.

必要に応じて証明をいくつかの補題に分割すること.

ある定理の証明が長くて追うのが大変という場合は, やっていることに注意し, いくつかの補題に分割すると良いかもしれません.

例えば, n=0,1,2,...に対し P(n)という命題を示す時には, 数学的帰納法を使うことがあります. 数学的帰納法は, P(0)を示すという部分とP(k)を仮定してP(k+1)を示すという部分 の2つからなりますが, 「P(0)」という補題と「P(k)ならばP(k+1)」という補題の2つ を別々に示してから, その補題を使って数学的帰納法で証明証明をするという形にすれば, 何をやっているのかがはっきりするかもしれません. 数学的帰納法については後述します.

セミナー予定の打ち合わせなどのメールは参加者全員にCCすること.

セミナーを体調不良などで急にキャンセルをしたいということもあると思います. そういうことをメールで伝えるときには, 他の参加者もCCにいれてください. メールの受信者は誰にCCされているのかということは確認できます. 他の参加者がセミナーのキャンセルを知っているか確認したりする手間が省けます. CCという機能はこういうとき, つまり直接の連絡相手ではないが状況を知っておいて欲しい人へ 情報を横流しするとき, に使います.

数学的帰納法に関すること

整数nに関する命題P(n)が与えられたとき, すべての正の整数nに対してP(n)が成り立っていることを示すのに, 次の2つの補題を示しその補題を使って証明するという方法があります:

このような証明の類型を数学的帰納法と呼びます. 補題 A はThe Base Case と呼ばれ, 補題 B は The Induction Step と呼ばれます (これらの用語に訳語があるのかどうかは知りません). また 補題 B では P(n)が成り立つことを仮定しますが, この仮定のことを Induction Hypothesis (帰納法の仮定)と呼びます.

ここでは, 数学的帰納法に関する注意をまとめておきます.

数学的帰納法で示す命題について.

証明のなかで時折, 「あとは数学的帰納法で示せる」などの文言が書かれていることがあります. 慣れるまでは (もしくは帰納法が苦手な人は) P(n)が何かを明示的に書くことを勧めます. 何を数学的帰納法で示すのかがはっきりしない場合がありますので, それを整理する必要がまずあります. 証明すべき命題P(n)の中には, P(n)の中にnを含む仮定が入ることもあり, 複雑な場合も有りますので状況を整理する必要があるので, 明示的に書くことを進めます. ただし, このルールは強制ではありません.

例えば, 「有限次元ベクトル空間が基底をもつ」という命題を数学的帰納法で示すという場合を考えましょう. (Vが有限次元ベクトル空間であることの定義はVが有限個の基底をもつということですので, この命題を示すというのは本来ありえません.) このとき, P(n)は「Vがn次元ベクトル空間ならば, Vの基底が存在する.」 です. Induction stepで示すべきことは, 「P(n) ⇒ P(n+1)」 ですので 「"Wがn次元ベクトル空間ならば, Wの基底が存在する." ⇒ "Vがn+1次元ベクトル空間ならば, Vの基底が存在する."」 です. つまり, 「Wがn次元ベクトル空間ならば, Wの基底が存在する.」 と 「Vがn+1次元ベクトル空間である.」 という2つことを仮定し, この仮定のもと「Vの基底が存在する」ということを示すことになります. このような命題のときには, 正しくP(n)を書き出しておくということが, 重要になります.

Base caseとInduction stepの証明について

慣れるまでは (もしくは帰納法が苦手な人は) The base caseとThe Induction Stepも補題として 明示的に書き証明を与えることを勧めます. このルールも強制ではありません.

例えば次のような板書をすると良いかもしれません:

P(n): Vがn次元ベクトル空間である ⇒ Vの基底が存在する.
Lemma[Base Case] P(1)が成り立つ.
証明: Vを1次元ベクトル空間とする.
このとき, Vが基底を持つことを示す......
Lemma[Induction Step] P(n)ならば P(n+1).
証明: 次を仮定する: Wがn次元ベクトル空間である ⇒ Wの基底が存在する.
Vをn+1次元ベクトル空間とする.
このとき Vが基底を持つことを示す. .....

Base Caseと Induction step を補題に分けるというルールは強制ではありません. しかしながら, 証明の際には, Base Caseを示しているのか Induction stepを示しているのか はっきりとわかるように証明を構成してください. Base Case, Induction Stepという見出しをつけるのが良いと思います.

数学的帰納法の証明は, 基本的に, Base CaseとInduction Stepの2つのブロックからなります. n=1のときの部分, n=kのときを仮定する部分, n=k+1のときの部分 という3つではありません.

The base caseと the induction stepにつける見出しは, [Base Case]/[Induction Step] もしくは省略して [B.C.]/[I.S.] とかが良いと思います. (省略した方は, 一般的ではないので断って使わないとわからないとは思いますが.) 見出しとして, [n=1のとき]/[n=kの時を仮定してn=k+1のときを示す] を使うのは, 見出しとして適切ではない感じがし, 高校数学での悪習であると思いますので, 禁止します.

量化子に関連すること

量化子 ( ∀ ∃ ) に関連する注意をまとめておきます.

量化子の後置の禁止.

「前から順番に読んでいけば分かるように書くこと」 というルールに関連して, 「定義されていない記号をいきなり使わない」ということだけに, 注意を払えば良いようにするため, 例外となるような書き方を禁止します. 特に, ∃ や ∀ を後ろに書く書き方は, 禁止します.

例えば, 多項式fと集合Xが与えられた時に 「全てのx ∈ X に対し, f(x)=0」 という文を考えましょう. この文は 「 ∀ x ∈ X, f(x)=0.」 と書けますが, 状況によっては, 「f(x)=0 ( ∀ x ∈ X). 」 のように書く流儀もあります. 後者の書き方を禁止します. 前者であれば, 「 ∀ x ∈ X」 まで読んだ時点で, xが何者かわかり, 「f(x)=0.」 が登場する時点に置いては, x, X, fがなんであるか明確です. しかし, 後者の様に書いてしまうと. 「f(x)=0」 までの段階では, xは何かわからず, 次の 「( ∀ x ∈ X). 」 を読んで, xが何かわかるという形になっています. 「前から順番に読んでいけば分かるように書くべし」 という原則に従い後者を禁止します. また, 後置するとその条件がどこにかかっているのか 不明瞭になる可能性がありますので, そのような事故を防ぐためにも, 後置を禁止します.

全称記号についての注意

「 ∀ 〜」, というのは, 「任意(全て)の〜」という意味ではなく, 「任意(全て)の〜に対して」 という意味であることに注意して下さい. この記号を使う場合は, そう読めるように書いて下さい. (ただし 「 ∀ 〜に対して」 と書いた場合は, これで「任意(全て)の〜に対して」と読むことにします. この書き方は問題ありません.) 例えば, 「 ∀ x ∈ X, x=0. 」 というのは, 「任意のxに対して, x=0が成り立つ」と読めますので問題ありません. 例えば, 「 ∀ x ∈ Xとする. 」 というのは, 「任意のxに対して, とする」と読むと日本語としておかしいので, この書き方は認められません. 例えば, 「 ∀ x ∈ X ⇒ x=0. 」 というのは, 「任意のxに対して, ならばx=0」 と読むと日本語としておかしいので, この書き方は認められませんし, これは命題として成立していません.

量化子を伴う変数の寿命.

量化子を伴った登場した記号 (例えば, ∀ x とか ∃ x とか) は, そこで新しく定義されたとみなされ, その一文の中だけで有効です. 文が終わったらその記号は寿命が尽きるという, 非常に狭いスコープを持つことになります.

量化子を伴って現れた記号は 非常に狭いスコープを持つため, 長い論理展開をすることには用いられず, 例えば, セリフ (英語で言うところのthat節) で使うというような用途が主になります. 「 nを整数とする. ∀ x ∈ R に対し, x2 ≧ 0 であるので, n4 ≧ 0 」 というように, 根拠となる命題を一言で述べるために使う場合は便利です. この場合は, 根拠を述べている 「 ∀ x に対し, x2 ≧ 0 である」 というセリフの部分で, xの寿命は尽きており, 結論である「n4 ≧ 0」の時点ではもうxは見えなくなっていることに注意して下さい. また, 証明の最後に, 「従って, "∀ x に対し, x2 ≧ 0 である"ので, x4 ≧ 0 」などのように一言でまとめるという使い方もできます.

量化子を伴って登場した変数の寿命はその一文であることを踏まえると. 「 ∀ x ∈ R に対し, x2 ≧ 0. よって, x4 ≧ 0 」 というのは, よって以降にあるxが未定義であるためよくありません. このような場合は, 「 x ∈ R とする. このとき, x2 ≧ 0. よって, x4 ≧ 0 」 という風にきちんと, 記号を定義してからはじめることで同等のことはできます. 一般に 「 ∀ x ∈ X に対し, P(x). 」 という命題は 「 x ∈ X ならば, P(x). 」 という文型に書き換えられます. 後者の文型に直した方が 証明が書きやすいことが多いです.

存在するということがわかっている時に, それをその後の議論で使いたいという場合が時々あります. 例えば, 偶数xを取ってくるとx=2nを満たす整数があるので以降の議論では この表示を用いて議論を進め 2x は4の倍数であることを示したいという状況です. 「xは偶数であるので, ∃ n s.t. x=2n.」 という風に書くことができますが, nのスコープはその文限りですから, 「xは偶数であるので, ∃ n s.t. x=2n. よって 2x=4n. 」 と書くのはよくありません. 「xは偶数であるので, ∃ n s.t. x=2n. そこで, mはx=2mを満たす元とする. このとき 2x=4m. 」 というふうに, 存在する事をいってから, 存在するので実際に取ってくるという形で記号を定義して 議論を進める方がよいです. もしくは, 「xは偶数であるので, ∃ n s.t. x=2n. このnに対し, 2x=4n. 」 の様に, どのnなのかをきちんと明示して使うという方法でも良いかもしれません. いずれにせよ, nのスコープはその文限りという原則を意識した上で 議論を進めて下さい.


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